
海岸和輝が示す再スタートのリアリティと、その現場としての個展
「もう若くないから」「今さら遅いから」。
挑戦をためらうとき、人はつい年齢を理由にしようとする。
これはアーティストだけでなく、ビジネスマンでも同じだ。
転職や独立を考えながら、「でももう◯歳だし」とつぶやき、行動せずに月日が流れていく──そんな例は枚挙にいとまがない。
だが冷静に考えれば、キャリアを方向転換するのに本当は“最適な年齢”などない。
必要なのは年齢ではなく、本人の意思である。
アートの世界は特にその傾向が強い。
絵筆に年齢制限はないし、経験が表現をより深くすることも多い。
とはいえ「いつでも挑戦できる」という言葉が、努力すれば誰でも簡単に再スタートできるという甘い幻想を生んでしまうこともある。
実際には、インターバルが空くほど準備が必要だ。
そして、その準備を挑戦の燃料に変えられるだけの“戦略”も欠かせない。
海岸和輝の歩みは、この両方を見事に体現している。
海岸は東京藝術大学を卒業しながら、まっすぐ画家の道へ進まなかった。
アパレル会社で働き、デザイン会社でグラフィックデザイナーとして腕を磨き、キャンバスから離れた十年を過ごした。
多くの人はこの時点で「もう戻れない」と思ってしまう。
しかし、海岸は違った。
アパレルで得た色彩の勘。
雑貨制作で身に染みた構成力。
デザイナーとして鍛えたPhotoshopの操作性と画面の整理力。
それらが、再び絵を描いたとき、圧倒的な“個性”として現れた。
ブランクは弱点ではなく、むしろ他者にない資源となったのだ。
これは、「いつでも挑戦できる」を体現しつつ、「誰でも簡単に成功できるわけではない」ことを示す実例でもある。
海岸はただ再スタートしたのではない。十年を準備に変えたからこそ、挑戦が成功に結びついたのである。
そして、海岸は挑戦の“舞台選び”でも極めて戦略的だった。
出した先は、公募展ではなく、明確に次のキャリアへつながる登竜門、Independent Tokyo だった。
Independent Tokyo は、ギャラリストが本気で足を運び、作家を発掘する場である。
ここで光れば、すぐに展覧会の話が動く。
実際、海岸はそこでタグボートの目に留まり、キャリアの第二章が一気に開き始めた。

努力の量より、努力の方向。
これはビジネスでもアートでも変わらない。
照準を合わせることで初めて、準備と意思が意味を持つ。
さらに海岸は、その後も“伴走者”であるギャラリーとの関係を絶やさなかった。
ここぞというチャンスを離さず、制作を途切れさせず、コミットメントを続ける。この継続力がキャリアを確かな軌道へと乗せた。
では、なぜ今、海岸和輝の個展を見るべきなのか。
それは、彼の作品が「再チャレンジがどのように形になるか」を、言葉よりはるかに雄弁に語ってくれるからである。
画面に並ぶ色彩の配置、遠近感の処理、モチーフの置き方──そのすべてに、アパレルやデザインの現場で培った“十年の仕事”が反映されている。
絵画でありながら、グラフィックの構造感があり、プロダクトデザインの精度がある。
まさに「回り道をしてきた人にしか辿り着けない世界」がそこに開けている。
そして海岸の個展が特別なのは、彼のキャリアそのものが作品を読む“文脈”として強く作用している点だ。
もし今、人生の方向転換を考えている人。
キャリアの再スタートを迷っている人。
「本当に今から挑戦して間に合うのか」と不安を抱えている人。
そうしたすべての人に、海岸の作品はひとつの回答を示す。
「遅くない。ただし、準備と照準は必要だ」
絵の前に立つと、海岸が積み重ねた十年の存在が見える。
その十年が作品を支え、魅力を増幅し、彼が再スタートを切るための最高の武器となっていたことが伝わってくる。
つまり、彼の個展は単なる作品鑑賞の場ではなく、「再チャレンジとはどういうことか」を実地で学べる場所なのだ。
挑戦に必要なのは、年齢でも才能でもない。
意思と準備と、正しい機会を選ぶ目である。
海岸和輝の個展は、その三つがそろったときに何が起きるのかを、これ以上なくわかりやすく教えてくれる。
再スタートを心に描いているすべての人にとって、この個展は教科書であり、未来への地図になるだろう。
12月12日(金)からギャラリーにて個展「Interaction」を開催いたします!
海岸和輝「Interaction」
2025年12月12日(金) ~ 12月25日(木)
営業時間:11:00-19:00
休廊:日月祝
※初日の12月12日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:12月12日(金)18:00-20:00
※12月18日(木)は、諸事情により18:00閉場とさせていただきます。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F